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祇園祭 最新NEWS2019 京都女郎花

 

2019.07.24 後祭・山鉾巡行

祇園祭の後祭の山鉾巡行が京都市中心部で行われました。注目は193年ぶりに唐櫃(からびつ)による巡行復帰を果たした鷹(たか)山。鷹山を含む11基の山鉾が都大路を進みます。午前9時半、くじ取らずで先頭の橋弁慶山が中京区御池通烏丸を出発。五条橋で出会った弁慶と牛若丸の一戦の場面を表現したご神体人形をのせた山がゆっくりと進む姿を、沿道に詰め掛けた人たちが見守った。巡行は先祭りとは反対周りで河原町通を下ります。真っすぐに伸びる真松(しんまつ)を立てた北観音山、その後ろに今年の「山一番」となった鯉山が続く。御池通寺町の市役所前ではくじの順番通りに巡行しているかを確かめる「くじ改め」、御池通河原町と河原町通四条の交差点では進行方向を変える「辻(つじ)回し」がある。

 

 

 

 

 

2019.07.22 後祭・宵々山

22日は祇園祭の後祭、宵々山です。京都市中心部の山鉾町ではろうそくを売る子どもたちの声やお囃子(はやし)の柔らかな音色が響き、雨上がりの町にしっとりとした風情を添えた。 大船鉾(下京区新町通四条下ル)では新しく漆塗りが施された高欄のそばに囃子方が座って「コンチキチン」の音色を奏でた。南観音山と北観音山が立つ中京区新町通の錦小路―六角間のかいわいでは、ビルのショーウインドーや京町家などの中に江戸時代の懸装品(けそうひん)や日本画家によるうちわ絵、合戦の場面を描いた屏風(びょうぶ)を展示。市民や観光客らがそぞろ歩き、ガラス越しや格子窓の隙間から豪華な眺めを楽しんでいた。 また京都芸術センター(中京区)のグラウンドでは洗って繰り返し使える「リユース食器」で食事を提供する「エコ屋台村」を開設。大道芸や浴衣ファッションショーなどのステージ発表を楽しむ人たちでにぎわった。 同日は5千人(午後9時現在、京都府警発表)が訪れた。

 

 

 

 

 

2019.07.21 後祭・鉾建て~宵山期間

祇園祭の後祭は宵山期間を迎えた。京都市中心部の山鉾町は会所などに飾られた懸装品(けそうひん)を眺める人たちでにぎわった。後祭の宵山期間は露店の出店や歩行者専用道路(歩行者天国)がなく、駒形提灯に照らし出された山鉾町は華やかながらも落ち着いた雰囲気に包まれた。黒主山はマンションにご神体の大伴黒主像をまつり、大口袴や小袖といった衣装や前掛、見送を展示。保存会役員の説明を聞く人たちでにぎわった。子どもたちが授与品を販売するところでは、浴衣姿で「おみくじどうですか、ちまきどうですか」と歌う声が響き、風情を一層高めた。 京都府警によると、午後5時半現在の人出は昨年並みの約3千人。宵山は23日までで、22、23日は午後5時~9時半まで、中京区の京都芸術センターで「エコ屋台村」が行われる。

 

 

2019.07.17 先祭・山鉾巡行

本日、日本三大祭りの一つ祇園祭・前祭のハイライトとなる山鉾巡行の日です。祭りの創始から1150年を迎え、「動く美術館」に例えられる豪華な懸装品(けそうひん)を飾った23基の山と鉾が都大路を進んだ。

 午前9時すぎ、くじ取らずで先頭を行く長刀鉾が「エーンヤラヤー」の掛け声とともに下京区四条通烏丸東入ルを出発。今年の「山一番」の蟷螂(とうろう)山や芦刈山、木賊(とくさ)山が続いた。

 祇園祭は疫病退散を祈る八坂神社(東山区)の祭礼。869年に神泉苑で矛66本を立てた祇園御霊会(ごりょうえ)が起源とされる。京都のまちは戦乱や災害に何度も見舞われたが、地域の人々が力を合わせて守り受け継いできた。

 

 

 

 

2019.07.16 先祭・宵山

祇園祭の前祭は本日宵山です。夕方に降った雨も夜にはやんで時折風が吹き抜けて過ごしやすく、祭り情緒を楽しもうとする大勢の人たちでにぎわった。15日の宵々山に続いて四条通や烏丸通の一部が午後6時から歩行者天国となり、日が落ちる頃から四条通や烏丸通のにぎわいは高まった。鉾の周りには浴衣姿の囃子[はやし]方が奏でるお囃子が響き、澄んだ音色に立ち止まって耳を澄ませる人たちの姿も見られた。夜までに厄よけちまきが完売した山鉾も多く、代わりに「お守りどうですか」と子どもたちがかわいらしい声で呼び掛けていた。八坂神社(東山区)では夕方から素戔嗚尊[すさのおのみこと]の大蛇退治を題材とした島根県の伝統芸能「石見神楽」が奉納された。午後10時ごろからは巡行の晴天を祈願する「日和神楽」もあり、各山鉾町の人たちが囃子を奏でながら四条御旅所に向かった。

 京都府警によると、午後9時の人出は、3連休の最終日だった昨年の宵山を9万人下回る15万人だった。宵々山(午後9時)は18万人で昨年を2千人上回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.07.13 長刀鉾稚児、社参の儀

祇園祭の長刀鉾の稚児と補佐役の禿(かむろ)が八坂神社(東山区)を参拝する「社参の儀」が13日、行われた。稚児の中西望海君が、会所前から馬にまたがり四条通を神社へと向かい、前祭(さきまつり)巡行の無事を祈った。

 

 中西君は午前10時、白馬「そうた号」にまたがって会所を出発。禿の杉本崇晃君と竹内瑛基君が先導し、長刀鉾保存会役員が続いた。 約50分かけて神社に到着した中西君は、南楼門前で下馬。2人の禿とともに本殿中央から昇殿し、拝礼した。神職から杉の葉でできた「杉守り」を授与された。森壽雄宮司は稚児と禿に「3人力を合わせて元気いっぱい務めてください」と声を掛けた。

 社参の儀は「お位もらい」とも呼ばれる。稚児はこの日から「正五位、少将」の位を得て、10万石の大名と並ぶ格式を持つという。儀式を終えた稚児は「神の使い」として扱われる。

 

 

 

 

 

 

2019.07.12 各鉾町 曳初め始める

祇園祭・前祭(さきまつり)の山鉾巡行(17日)を前に、組み上がった鉾の「曳初(ひきぞ)め」が12日、京都市中心部の五つの鉾町であった。ビル街に祇園囃子(はやし)が響く中、市民や観光客が綱を引いて巨大な鉾を動かした。

 曳初めがあったのは「鉾の辻(つじ)」と呼ばれる下京区四条通室町一帯の函谷(かんこ)、月、鶏、菊水、長刀の各鉾。うち菊水鉾は室町通の錦小路―四条間を往復した。音頭取りの「エンヤラヤー」の掛け声に合わせて参加者が綱を引くと、車輪がギシギシと音を立てて進み、真木(しんぎ)が左右へ大きく揺れた。 山鉾の曳初めは13日も放下鉾、船鉾、岩戸山、蟷螂(とうろう)山で行われる。

 

 

 

 

2019.07.10 祇園祭 各鉾町鉾縦開始

各鉾町ではは前祭(さきまつり)の山鉾巡行(17日)に向け京都市中心部で鉾建てが始まった。梅雨の晴れ間の下、下京区四条通烏丸交差点近くの長刀、函谷(かんこ)、月、鶏、菊水の5鉾で行われ、昔ながらの技法で土台のやぐらを組み立てるつち音が四条通や室町通に響いた。組み終わった鉾と曳山(ひきやま)の曳初(ひきぞ)めは12、13日の午後にある。

2019.07.05 祇園祭 各鉾町吉符入り

祇園祭・前祭の長刀鉾(京都市下京区四条通烏丸東入ル)と後祭の鷹(たか)山(中京区三条通室町西入ル)は5日、神事始めの「吉符入り」を行った。長刀鉾は稚児の中西望海君らが巡行時に鉾の上で舞う「太平の舞」を町会所2階から披露。鷹山は巡行に木製の箱「唐櫃(からびつ)」を担いで193年ぶりに参加するため、役員ら16人が真剣な表情で無事を祈った。

 長刀鉾の町会所では午後3時、保存会の井上俊郎代表理事が中西君や禿(かむろ)の杉本崇晃君、竹内瑛基君の名前が書かれた「吉符」を祭壇に向かって読み上げ神前に供えた。中西君はクジャクの羽を飾った「蝶(ちょう)蜻蛉(とんぼ)の冠」、鶴を描いた振り袖、若草色のはかま姿で保存会役員に舞を披露。1回で「完璧」と言われた後、禿と四条通に面した2階の窓際で囃子(はやし)方が奏でるゆったりとした祇園囃子に合わせて舞った。

 会所前に人だかりができ、前日から練習を重ねたという中西君は「人が多くて驚いたけど、うまくできてよかった。巡行の時はさらに大きな動きを見せたい」と話した。

 鷹山は保存会近くで行った。1826年の風雨で懸装品(けそうひん)が損傷し翌年から巡行に参加しなくなり、64年の禁門の変に伴う大火で鉾を焼失。住民らはご神体の人形を飾る「居祭り」を続ける一方、復帰を目指してきた。吉符入りの儀も193年ぶりとみられる。

 祭壇に大船鉾から借りた唐櫃(縦41センチ、横76センチ、奥行き46センチ)と、唐櫃に納める「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」の文字が書かれた掛け軸を飾った。午後2時半、参列者が1人ずつ神前でかしわ手を打ち、年長者から順番に杯を交わし、無言の儀式は30分ほどで終了した。

 山田純司理事長は「神事としての巡行に参加することを実感した。準備をぬかりなく進めたい」と語った。

 

2019.07.03 祇園祭 神面改め

祇園祭の船鉾は3日、「神面改め」の儀式を行い、前祭(さきまつり)の巡行でご神体人形に取り付ける新旧の面の無事を確かめた。

 室町時代中期に作られた本面と江戸時代の写し面が伝わる。巡行では写し面を神功皇后像に付け、本面は担当者が持って鉾に乗る。

 午前10時、祇園祭船鉾保存会が神事入りの儀式「吉符入り」を行い、理事長の古川雅雄さん(82)が本面、町内会長の堀口敬史さん(62)が写し面をそれぞれ木箱から丁重に取り出し、息が触れないように懐紙をくわえて前方に45秒ほど掲げた。例年と変わらない姿を確認すると無言のまま再び木箱に戻した。

 

 

 

2019.07.02 祇園祭 先祭・後祭のくじ取り式

山鉾巡行の巡行順を決める「くじ取り式」が2日、京都市中京区の市議会議場で行われた。17日の前祭巡行で先頭の長刀鉾に続く「山一番」は蟷螂山が前年に続いて引き当てた。24日の後祭巡行の山一番には鯉山が2年ぶりに決まった。 式は午前10時に始まり、34の山鉾町の代表が羽織はかま姿で参列した。祇園祭山鉾連合会の岸本吉博理事長、八坂神社の森壽雄宮司が見守った。 慣例で順番が決まっている「くじ取らず」を除く24基の代表が予備くじ順に登壇し、くじを引いた。 今年の山鉾巡行は、後祭の鷹山が唐櫃(からびつ)で193年ぶりに参加することから前祭23基、後祭11基となる。くじ取り式は巡行の先陣争いによる混乱を避けるため1500(明応9)年に始まった。

 2019年の巡行順は次の通り。

 【前祭の巡行】=17日

 (1)長刀鉾(2)蟷螂(とうろう)山(3)芦刈山(4)木賊(とくさ)山(5)函谷(かんこ)鉾(6)郭巨(かっきょ)山(7)綾傘鉾(8)伯牙(はくが)山(9)菊水鉾(10)油天神山(11)太子山(12)保昌(ほうしょう)山(13)鶏鉾(14)白楽天山(15)四条傘鉾(16)孟宗(もうそう)山(17)月鉾(18)山伏山(19)占出(うらで)山(20)霰天神(あられてんじん)山(21)放下鉾(22)岩戸山(23)船鉾

 【後祭の巡行】=24日

 (1)橋弁慶山(2)北観音山(3)鯉山(4)八幡山(5)黒主山(6)南観音山(7)役行者(えんのぎょうじゃ)山(8)浄妙山(9)鈴鹿山(10)鷹山(11)大船鉾

 

 

2019.07.01 祇園祭 お千度の儀

日本三大祭りの一つ、祇園祭が1日始まります。神泉苑に66本の矛を立てて全国の平安を祈った御霊会から今年で1150年。京都市東山区の八坂神社では前祭(さきまつり)巡行(17日)で先頭を行く長刀鉾の稚児が「お千度の儀」に臨み、節目の年の祭りの無事を祈願した。

 午前9時45分、稚児の御室小4年生中西望海君(10)が、補佐役の禿(かむろ)のノートルダム学院小5年の杉本崇晃君(11)、朱雀第四小4年の竹内瑛基君(9)とともに神社の南楼門をくぐった。顔に白化粧を施し口元に紅をさした中西君は稚児を務めることを神前に報告。続いて本殿の周りを時計回りに3周し、本殿の正面と裏で計7回拝礼しました。

 また各山鉾町では「吉符入り」の神事が行われた。夜には祇園囃子(ばやし)の稽古を町会所の2階などでする「二階囃子」が始まり、京の街に祭りの季節の訪れを告げます。

 

 

 

 

 

 

2019.06.25 四条隆資弔い初の慰霊祭 京都、祇園祭蟷螂山と八幡の団体

南北朝時代に南朝軍の重臣として八幡で幕府軍と戦って敗死した公卿、四条隆資(たかすけ)(1292~1352年)を弔う慰霊祭が24日、京都府八幡市八幡の石清水八幡宮で営まれた。

 市民団体「22世紀八幡ルネッサンス運動」が隆資を祭る正平塚の清掃活動をしていたことから、隆資ゆかりの祇園祭山鉾連合会の蟷螂(とうろう)山保存会(京都市中京区)と交流が始まり、石清水八幡宮などを交えた実行委員会を組織。初めて慰霊祭を企画した。

 ルネッサンス運動や保存会などから46人が参列した。会場には祭壇が設けられ、石清水八幡宮の神職が祭詞を奏上。参列者を代表して6人が玉串をささげ、功績をしのんだ。

 伊藤錚治(そうじ)実行委員長(73)=八幡市八幡=は「慰霊祭を通じてできた友情を大事にし、慰霊祭を続けていきたい」、保存会の村林利高会長(50)=京都市中京区=は「7月1日からの祇園祭をすっきりとした気持ちで迎えられる」と話していた。

 

 

 

 

 

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